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用語集

シラパコーン大学

西洋美術と伝統美術の融合

タイでは1932年に軍事クーデターが起こり、立憲君主制がしかれ、近代国家としての第一歩を踏み出す。近代国家としてのさまざまな制度上の整備のひとつとして、官設の美術学校が、「お雇い外国人」であるイタリア人彫刻家コッラード・フェローチ(のちのシラパ・ビラスィー、1893~1962)の手によって創設される。この美術学校、のちのシラバコーン(タイ語で「美術」の意)大学は、近代国家としての体裁を整えるために、さまざまな美術モニュメントを必要とした政府が、それをお雇い外国人に委ねるのではなく、国産化する目的でつくられた。この大学の初期の卒業生の多くが彫刻家であるのはそのためである。その第一期生たちがフェローチとともにつくったモニュメントの代表が民主記念塔である。フェローチはたんに西洋の美学や美術を教えたのではなく、タイ美術の伝統を研究し、近代的なものと伝統的なものを融合するよう勧めた。そのなかから、キエン・イムスィリ(1922~1971)の彫刻のような、スコタイ様式と西洋彫刻を融合させたような作品が生まれたのである。

政府主導の制度として近代美術が展開されたこと、その担い手が彫刻家であったことは、他の東南アジア諸国とはまったく異なる、タイ近代美術の特色といえよう。

キエン・イムスィリ 《音楽のリズム》 1949 ブロンズ

プラヤット・ポンダム 飼育 1958 油彩、金箔・木

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