ja en

重要作家

チェ・ジョンファ
ありふれた物で花を咲かせる空間の魔術師

名前(漢字)
崔正化
名前(英語)
Choi Jeonghwa
カテゴリ
彫刻、インスタレーション
地域
韓国
生年
1961
生地
釜山(韓国)
在住地
ソウル(韓国)

チェ・ジョンファは1980年代末の韓国で登場した「新世代」を代表するひとりで、現在も世界中の膨大な数の展覧会や芸術祭で活躍している[1]

昔から家庭で広く使われてきたようプラスチックのザルや台所製品や、骨董品としての価値もない日用品を大量に集積し空間的に配置したり、都市の広告やディスプレイで使われるような巨大な風船の花や野菜、カラフルな花で覆われた野外彫刻など、韓国の日常で目にする「非芸術的」な素材と手法によるチェの作品は、素材のおもしろさと視覚的・空間的なインパクトによって、あまり現代美術に親しんでない観衆や子供にも驚きと讃嘆で迎えられる。現在の国際的な美術展で、解説の助けや忍耐力なしには理解できない作品にうんざりした美術ファンを含めて、チェ作品が幅広い観衆を魅了するために、彼の世界的な人気は不動のものになっている。

2000年代以後国際的に活動するようになった韓国作家には、欧米留学者が目立つが、チェは弘益大学美術学部というソウルの名門美術大学の出身でも、海外留学経験のない点で稀な存在である。またチェはその活動の初期から、自らを「アーティスト」と規定するよりは、デザイナー、あるいはプロデューサーとして、広範な観衆を楽しませることを選び、実際にその才能を発揮している。しかし彼の作品が大衆迎合的・反知性的なものとみてしまうと、チェが韓国の(いやアジアの)美術界でも傑出した革新性を持っていたことと、韓国的な文化に根ざしながら世界的にも通じる思想を持っていることを見逃すおそれがある。「芸術とは/亀の毛とかウサギのツノ『のような』もの[2]」というチェの言葉は、禅宗の基本経典である慧能の『六祖壇経』からとられたように、チェの一見「わかりやすそうな」作品には彼の宗教や哲学の幅広い教養[3]が反映されているのである。


●「インテリア・デザインみたいなアート、アートみたいなインテリア・デザイン」[4]

弘益大学西洋画科で学んだチェは、1987年と88年に連続して中央日報社の公募展「中央美術大展」で優秀賞と大賞を連続受賞して早くから高い評価を得るが、「美術」と縁を切るかのように受賞作を含むそれまでの自分の絵画作品を焼却してしまう。卒業後にデザイン会社に勤めてファッション・ブランド「サムジ」の空間デザインや雑誌などのグラフィック・デザイン[5]、演劇や舞踊の演出により、美術業界よりはるかに幅広い観衆のための活動を始める。1989年から個人名でなく「カスム[6]視覚芸術研究所」としてこれらの業務をおこなっていたのも、個人ベースによる「美術」の創作よりは集団制作による一般市民へのアプローチを志向したからである[7]

まもなくチェは、「美術」作家に復帰し、制作や企画、「場」作りのために韓国美術に大きな動きをもたらす。「オロオロ(OLLO OLLO)」(梨花女子大前のバー、1990年)、「オゾン(OZONE)」(鐘路2街のクラブ&バー、1991年)、「サル(SAL)」(大学路のカフェ、1996~97年)、「カスム(Ghaseum)」(楽園洞の「カフェ、バー、ギャラリー、2008年~)などの文化スペースをデザインしただけでなく、パーティーやパフォーマンスなどのイベントを企画し、のち有名となるイー・ブルやイースギョンを含む、美術のみならず舞踊、演劇など当時の先進的な文化人の発表と交流の場を生み出した[8]

展覧会では、チェが企画した「サンデー・ソウル」(1990年)、「メイド・イン・コリア」(1991年)[9]などのグループ展は「新世代作家」の登場を告げるものだった。1987年の「ミュージアム」展(寛勲美術館)に始まるとされる「新世代」傾向の流れのなかで、1970年代後半から主流となったパク・ソボらの単色画とも、1987年以後の民主化以後も巨大なうねりを持ち続けた民衆美術とも隔絶した、まったく新しい韓国美術の道を切り開いた。その特徴は、チェに代表される日常的・大衆的な都市文化の素材やイメージの再利用だった[10]。それは単色画の伝統美意識によるモダニズムや、民衆美術の生活感や民主化への行動主義のような「大きな物語」を持たず、無思想で軽薄で刹那的であることもおそれずに非芸術的な「キッチュ」(大衆向けの安っぽい装飾などの「まがいもの」)を自在に使う点で、韓国的「ポストモダニズム」のはしりとなった[11]。チェの場合は、韓国の庶民的な市場や路上の廃棄物による日用品による空間づくり(=インスタレーション)のセンスが存分に発揮され[12]、その手法は後年の大規模な作品に展開していく。

1994年に福岡市美術館の「第4回アジア美術展」で紹介されて以後、韓国現代美術には比較的親しんできた日本のキュレーターや観衆にもチェの作品は大きなインパクトを与え、以後、しばしば日本の美術館などでの企画展に招待されることになる。以後世界中で膨大な数の展覧会に招待されるようになるが、韓国国内でも、2013年には大邱美術館で初の美術館での個展を開催する。広大な美術館スペースを使い切り、特に吹き抜け空間での赤と緑のザルによる高さ18m、幅10mの巨大作品は圧巻だった。また2018年には国立現代美術館(ソウル館)で、大規模な個展シリーズの5回めに招待され[13]、韓国を代表するアーティストしての評価を不動のものとした。


●拡大と凝縮

チェ・ジョンファは、韓国では見ることがむずかしくなった植物のような本物の自然には恐れを感じるいっぽう、解体することのない人工物のほうを楽しむ[14]。プラスチックは、それを作る人間もまた自然の一部であるから、「人工物」というより「第二の自然」なのである[15]。同時に、現代の眼ではいかにも安っぽく見えるプラスチック製品は、1970~80年代の韓国では国を豊かにする工業化の象徴でもあった[16]。実際、チェの選ぶ物体は、美術愛好家には無視されるものであっても、美、食物、勝利、豊かさ、利便性などの価値を求める韓国の庶民の夢・幻想・欲望がこめられているのだ。

高価で温湿度・紫外線などの管理が厳密に求められる油絵などの美術品とは異なり、安価ないしは値段のつかない日用品で、かつ厳しい自然条件にも耐えるプラスチック素材により、チェの作品は美術館以外の屋外を含む都市空間で、物量を生かした展開が可能になる。ソウルの競技場での展示では170万個の廃品が使われた。十和田市現代美術館では館内ほか魚市場や商店など街なかの14か所で展示した[17]。同様に、2014年の「文化駅ソウル」[18]、2022年の「霧島アートの森」の個展[19]でも、膨大な物量によりすべての空間を満たす力量を示した。そのほとんどは展覧会期間だけの展示だが、恒久的なパブリック・アートも日本で見ることができる。[20]

それらの素材は作家自ら集めるだけでなく、しばしば一般市民から指定した素材を集めることもあり、上記の国立現代美術館の個展では不要な金属食器7,000個を集めて9mの高さの彫刻《タンポポ》となった。

これらの大規模な屋外作品と平行して近年にチェが大量に制作しているシリーズ「コッタプ(花の塔)」(英題Blooming Matrix)は、単純な構成のために、価値のない日用品を芸術化するチェの魔術を端的に伝えている。プラスチックのブイ、木箱、鍋や釜ほか台所用品、カラフルな照明器具、伝統的な枕やテーブル、洗濯板ほか、用途のわからない同種の物体を、大きさ順あるいは適度に変化をつけて垂直方向に積み重ねただけの作品で[21]、ときには生活感がにじみ、ときには華やかで、ときにはユーモラスで、ときには宗教的な畏怖を感じさせるなど、その多様性は尽きることがなく、全体として、私たちが生きる日常そのものの魅惑を伝える。韓国の伝統工芸や宗教的慣習を伝えるものも多いが、この手法は異なる文化圏でも展開できることが前述の「霧島アートの森」などでの現地の素材を集めた作品でも実証された。

「第5回福岡アジア美術トリエンナーレ」(2014年)で数時間だけ福岡空港に設置された《息をする花》が航空機にも匹敵するスケールを主張できたように、チェ作品の圧倒的な物量と視覚的効果は、スペクタクルを求める芸術祭のニーズに合うものでありながら、その素材が実は商品としての交換価値の低いものであるという、美術愛好家の高級志向を揶揄するような「反芸術的」挑戦を隠すことはない。そこにはどういう思想がこめられているのだろうか。


●多種多様で平等で調和した世界

チェのインタビューからは、彼がもっぱら「キッチュ」素材をもてあそぶ現代都市文化の申し子のような若者ではなく、書、チョガッポ(キルト)、仏教などの伝統文化に強い関心がある教養人であることがわかる。彼の父親は韓国の仏教界で大きな勢力をもつ曹渓宗の青譚(チョンダム)僧侶の秘書であり、幼いころから全国の寺院で高僧に接してきた。滅びることのないプラスチック製品を多用するのも、仏教でいう生と死と再生というサイクル(輪廻)と関連するかもしれない[22]。それは仏教というより、より広範に世界中に見られる物神崇拝(フェティシズム)に関わるものだろう。

チェは、現代都市のなかで見過ごされてきた、「横」「隣」「間」にあるものに注目する。それは単に素材集めの手法にとどまるものではなく、また大衆向けの「キッチュ」を上から目線で嘲弄するためでもなく、次のような人間性への信頼に基づく哲学の現れであり、現代社会に蔓延する、対立、混乱、不平等への果敢な挑戦でもあるのだ。

古今・東西の区別を気にしないチェ・ジョンファにとっては、世の中のすべてのもの、特に人々が注目しにくい裏面や横面、平凡な生の痕跡がすべて彼の横や隣にある存在なのだ。このような横、隣の概念は、隣人の論理、関係の論理でもある。人と人、人と事物・人工物、人と自然、事物と自然、自然と自然はもちろん、互いに異質な時間と空間が横並びに隣り合わせ、結局、世の中のあらゆるものが平等で調和しているという関係を意味するのだ。(ミン・ビョンジク[23]

(黒田雷児)

 

[1] 2016年には韓国ほか日本、台湾、フランス、フィンランド、米国で14の展覧会・プロジェクトをこなしている。

[2] FT5(第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014)ビジュアル・ガイドブック、福岡アジア美術館、2014年、49頁

[3] デイヴィッド・エリオットにジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』を読むように強くすすめたのも、チェの幅広い読書を思わせる。David Elliot, “Choi Jeong Hwa: Gangnam Style,” Kabbala: Choi Jeong Hwa (Daegue: Daegu Art Museum, 2013), 20.

[4] Interview by Yoon Jeewon, “No One, Choi Jeong Hwa,” Kabbala, 41-42.

[5] チェがデザインした雑誌には、ファッション誌「サムジ本」、文学誌「文学精神」、舞踊誌「からだ」などがある。

[6] 韓国語の「カスム」は心、胸の意味。

[7] のち映画で美術監督も務めた。福岡市総合図書館所蔵の『301・302』(パク・チョルス監督、1995年)をはじめ、『悪い映画』(チャン・ソヌ監督、1997年)、『復讐は私の仕事』(パク・チャヌク監督、2002年)がある。

[8] 「オゾン」では1992年に中村政人(当時弘益大学に留学中)と村上隆との二人展が開かれている(翌年に東京と大阪に巡回)。日本時代に最も韓国で嫌われた日本名をタイトルとしたこの展覧会は、ベネチア・ビエンナーレ日本代表作家として、各地芸術祭のディレクターとして、また東京都心の巨大な文化スペースArts Chiyoda 3331の運営者として活動した中村と、最も国際的な人気を得た日本作家のひとりとなる村上は、のち現代日本美術に大きな足跡を残した。

[9] 同名の福岡アジア美術館所蔵作品出品。

[10] チェは1985年の日本旅行で出会ったファッション、デザイン、マンガや、1990年にタイのバンコックの路上で見つけた物体から大きな影響を受けた。

[11] ユン・ジンソプ「新世代美術、その反抗の想像力」、『月刊美術』、3806号(1994年8月)、149-160頁

[12] 「私のインスタレーションは大学ではなく市場で学んだものの応用だ。」 Interview by Yoon Jeewon, 44, 45.

[13] この現代自動車協賛の個展シリーズでは、チェ以前に、イー・ブル、アン・ギュチョル、キムスージャ、イム・フンスンの個展が開かれた。

[14] Elliot, 16.

[15] 外⼭有茉(⼗和⽥市現代美術館)による「チェ・ジョンファへのインタビュー」(2023年10⽉19⽇)、

[16] Woo Jung-ah, “A Flower of CHOIJEONGHWA: The Future of Sublime Labor,” Hyundai Motor Series 2018, Choi Jeong Hwa: Blooming Matrix, National Museum of Modern and Contemporary Art, 2019, 454.

[17] 記録集『開館一周年記念展 チェ・ジョンファOK!』(十和田市現代美術館、2009年)による。

[18] The Choi Jeong hwa: Natural Color, Multiple Flower Show, Cultural Station Seoul 284, 2014.

[19] 開館20周年記念特別企画展 チェ・ジョンファ展 「生生活活」~あらゆるものは、輝くだろう~ 鹿児島県霧島アートの森 2022年

[20] 日本国内でも下記で常時見ることができるチェ・ジョンファの作品は下記。

《柱は柱》(1998年)、博多リバレイン(福岡)

《フルーツ・ツリー》(2001年)、臨港パーク(横浜)

《ロボロボロボ》(2003年)、さくら坂公園(ロボロボ公園)/六本木ヒルズ(東京)

《フラワー・ホース》(2008年)、十和田市現代美術館(青森)

[21] 2016年の国立現代美術館の個展では150点が展示された。Choi Jeong Hwa: Blooming Matrixを参照。

[22] チェの言葉をエリオットが解釈。Elliot, 17.

[23] Min Byung Jic, “Choi Jeong Hwa: Origin, Originality,” Choi Jeong Hwa: Origin, Originality, Choi Jeong Hwa et al. (ed.) (Seoul: P21, 2018), 558. 引用は韓国語(557頁)からの訳。

図版

《メイド・イン・コリア》1991年

福岡アジア美術館所蔵

《柱は柱》 1998年

博多リバレイン(福岡)

《カバラ》 2013年

大邱美術館での個展

「霧島アートの森」の個展 2022年

《息をする花》 福岡空港(右はエア・プサン機)

第5回福岡トリエンナーレ(2014年)

 

一覧へ戻る