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重要作家

ホアン・ヨンピン
尖鋭な批評性と圧巻の造形力で世界を震撼させた 中国前衛の最先端

名前(漢字)
黄永砅
名前(英語)
Huang Yong Ping (Huang Yongping)
カテゴリ
彫刻、インスタレーション
地域
中国
生年
1954
生地
廈門(中国)
没年
2019
没地
パリ

1970年代末からの「改革開放」政策によって急激に欧米から流れ込んだ現代美術の情報により爆発的に前衛美術が中国各地で展開した現象は「85美術運動」とよばれるが、浙江美術学院を1982年に卒業し「厦門ダダ」を率いたホアンはその「85美術運動」の代表的作家である。

1989年.非欧米圏の現代美術を大規模に紹介した歴史的な展覧会「大地の魔術師たち」のためにパリ滞在中に天安門事件がおこり、そのまま移住した後、フランス国籍を取得し、度肝を抜く大型プロジェクトで国際的に活躍した。中国の故事に基づく作品や文化的・歴史的な意味をもつ動物をモチーフにした作品は、あまりに暴力的・挑発的に見えることでしばしば物議をかもした。生涯を通して権威主義や植民地主義、商業主義を批判する精神を貫き、アジア美術の潜在力を世界に示した功績は不滅である。

1990年前後からは、道教などの中国の古典に依拠しながら、中国を客観視し、中国に限定されない普遍的な主題と表現へ向かった。「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ1994」(FT4)出品の《ニシキヘビの尾》はその代表作である。もともとドイツのハンミュデンの風光明媚な地形に、中国の伝承「深山大澤、龍蛇生焉(山深く大きな沢のあるところに龍蛇は棲息する)」を連想して構想され、木でニシキヘビの脊椎を作り、風水にしたがって配置したものである。中国イメージの濃い龍を連想させながらもニシキヘビである点に、中国と世界、固有と普遍、伝統と現代などの意味とイメージが重層的に示される。その後、室内で展示するために、脊椎が身体の支柱をなす骨格であることから、多くの作品を連結、統合する中枢の意味が付加されている。

FT4に出品された《2002年6月11日、ジョージ五世の悪夢》もまた、90年代後半以降、植民地主義/帝国主義へ関心をよせ歴史の検証へ向かった作者の代表作である。ジョージ五世がネパールで狩った虎の標本に着想を得、パリ国立自然史博物館にある標本を手本に制作されている。ただし、フランスの標本は虎が撃たれて倒れる場面であるが、ホアンの再現した作品は虎がジョージ五世(籐椅子の紋章はジョージ五世のもの)に飛びかかる場面である。このわずかな(しかし大きな)違いを加えることで、標本とは自然史と歴史の交差点に存在するものと考える作者は、欧米と非欧米における歴史の語りの違いを提示してみせ、支配と被支配の力関係に問いを発してみせる。なお本物と見まがう象と虎は牛とウサギの皮で作られている。本物の皮を使わないことに、標本ではなく、問いを発する作品を作る姿勢がある。このことは、自然史博物館に展示される巨大静物の骨格標本を参照したであろう『ニシキヘビの尾』についてもいえる。

福岡アジア美術館に収蔵された《駱駝》、はパリでイスラム過激派のテロが勃発し、中国が現代版シルクロード「一帯一路」構想に向かう時期に制作された。シルクロードの交易を象徴する駱駝がメッカを向いてひざまずき、胴には新約聖書の「金持ちが神の国に入るよりも、駱駝が針の穴を通るほうが易しい」とフランス語で刻まれ、駱駝の鼻に針が通る。分かりやすいイメージながら、宗教的な権威や経済優先に対する疑問を表現する。同時に、作者が精神的に依拠した道教思想に基づき、異なる宗教や文化の共生する世界への希望をこめている。なお、ひざまずく姿勢はキリスト教、イスラム教、道教に通じる仕草とされる。

以上のような、大型動物や猛獣、生きた猛毒の爬虫類など、意表をつくモチーフ選択と表現手法により、「美術」の概念を揺るがす高い完成度を示す造形。歴史や古典についての豊かな知識と強固なコンセプトに裏付けられた深い内容。常に今日的な問題を鋭く問いかける態度。80年代から早すぎる死まで衰えをみせなかったホアン・ヨンピンは、国際舞台で活躍するアジア作家の中でももっとも貪欲に過激に作品を生み出してきた際立った作家だった、といっても過言ではないだろう。

(ラワンチャイクン寿子による「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ2014」図録原稿の改稿)

関連ブログ

福岡アジア美術館公式ブログ『あじびな日々』 追悼:ホアン・ヨンピン

図版

《駱駝(らくだ)》

2012年

福岡アジア美術館所蔵

《ニシキヘビの尾》

2000年

ガイ&ミリアム・ユレンズ財所蔵

「第4回福岡アジア美術トリエンナーレ2014年」より

 

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