大陸から南洋の街へ
日本によるシンガポールの占領は、中国人にナショナリズムの意識を目覚めさせた。さらに中国で共産党が勝利し中華人民共和国ができると、混乱を避けてシンガポールに移住していた中国人は帰る土地を失った。こうしたことが、中国人の間に仮住まいにすぎなかったこの地で国をつくる気運を高めた。その結果1965年にシンガボールが誕生する(マラヤ連邦はイギリスから1957年に独立)。この間、戦後の復興と独立運動のなかで、若い画家たちは社会の底辺で生きる人ぴとの貧しい生活や過酷な労働など目の前の現実に関心を寄せていく。代表的な画家に、痛烈に社会を風刺するタン・ティチー(陳世集、1928~2011)や、旅芸人の人生に移民である中国人のそれを重ねるリン・ムホェイ(林木化、1936~2008)がいる。こうした社会的なテーマは1930年代に魯迅が提唱した木刻運動が中国人の移動によってこの地に引き継がれたものである。なお木版画はシンガポールのみならずタイやインドネシアにも広がり、それぞれの国々で独自の展間をみせている。
タン・ティチー(陳世集) 《魚の行商》 1953 木版・紙
リン・ムホェイ(林木化) 《街頭の旅芸人》 1958 木版・紙