1920年代後半から魯迅が提唱した木版画による大衆芸術の運動。木版画の大衆性と簡便性という特色が社会改革において果たしうる役割に注目した魯迅は、ドイツ、ソ連、日本などの版画作品を紹介する画集を出版し、1931年に上海で内山嘉吉(かきつ)を講師に講習会を開くなどして普及に尽力。上海を中心にした運動はやがて各地に広がり、多くの青年画家たちが彫刻刀を手にした。魯迅死後も、抗日戦争や内戦の状況下で木版画の利便性と教育的効果は再評価され、大きく発展を遂げた。
(堀川理沙)
初出=「作品ジャンルで知る中国美術」、特集「入門★中国美術」、『美術手帖』887号(2006年10月号)、75頁